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教育勅語

台湾統治した時代について、NHKの番組をやっていた。アジアの一等国だった日本という。

番組の中で。
台湾の青年はいかに当時の日本に尽くしたのか。台湾人は日本に見捨てられたのだと言う。日本は我々をバカにしているのだ。と。差別もあったと。
それをすべて、日本語で語るのだ。 なんと悲しい過去だ。
彼らは日本語を語り日本語で考える。日本人以上に日本人らしいとすら思った。
この番組をみると、民族自治を認めた上で、日本国の一部とするのがよかったのではないかと思った。

なのに、日本人にはなれなかった。そして大日本帝国もその道を多くはつくらなかった。なぜ?

映画、海角7号の最後シーンは本当だったのだと改めておもった。

日本統治には光と影があった。しかしもうふりかえる時はなくなりつつある。

TV番組の中でかれらは教育勅語をそらんじている。そして軍歌を歌う。
私の知り合いのおじさんも教育勅語を口ずさむことがあった。番組をみていて、少し記憶がオーバーラップした。

ほんの70年前のできごとだ。

日本人とは何かというアイディンティティを語るとき。
何をもって日本人というのだろう。 こんなこと考えたこともなかった。

神社に参拝すること?
日の丸を掲揚こと?
日本に生まれること?

植民地時代の終わりに、そのことを考える余裕があったなら。
いまの極東アジアの国々はもっと日本に友好的になったのではないだろうか。

いまだって考える必要があるだろう。
日本語を話し、日本語で考えること。そして税金を払うこと。それだけで十分ではないのだろうか。

こういう話は私はいままで考えたことがなかった。なぜなら封印されていたと思うから。学校の授業で歴史を選んでも近代史は極めて短い時間しか使わないらしい。

日本の近代史、特に第一次大戦前後からの歴史はこれから語られるようになる。

なにが正しくて、なにが間違っていたか。
よく考えるべきだろう。

おしまぃ。

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2009年4月 5日 22:08に投稿されたエントリーのページです。

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